楽しい人生を歩みながら、素敵に年を重ねていけるかどうか、足跡を残して。

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自転車事故3 [2009年07月18日(土)]

2009年7月18日月(事故から28日目)
とうとう風邪をひいたらしい。喉が痛むし鼻水が出る。
昨日の帰宅通勤電車内の冷房がきつ過ぎたせいか。
結局、夏はクーラーの効きすぎで風邪をひく。
もっと省エネになるはずの日本ではなかったのか?
風邪の影響か、お腹の調子も不調。
葛根湯とビオフェルミンを飲んでみた。
明日は終日練習日だけど、行けないかもな〜。
*
6月20日の事故でひねって打撲した左手首と親指、
すこぶる調子が悪い。
親指の第一関節あたりがかなり痛む。
とうとう、テーピングテープを購入してみた。
自己流は良くなさそうなので、明日にでも
整骨院に取りあえず行ってみよう。
*
朝、寝起きのアクビは相変わらず顎が痛む。
バナナを食べる一口目にリハビリもかねて30秒
口を開けっ放す。これでだいぶほぐれる。
夜、炊飯器の「やわらかめ」設定を初めて使い、
ご飯を炊いてみた。なかなか良い感じで食べられた。
今夜もうなぎ丼。
*
勤務中の夕方、耳のくぐもり感がかなりひどくなった。
原因が不明で不安なのと、違和感が不愉快。
早くO先生に診てもらって原因と、治る予想が
知りたいけど、27日まではまだまだ・・・。
日本中が医者不足と騒がれ、現に忙しそうなお医者さんに
診てもらっていると、おちおち泣き付くことも憚られ、
我慢強い患者となってしまうのです。


自転車事故2 [2009年07月13日(月)]

7月13日太陽31℃
今日は2ヶ月ぶりの整形外科診察へ行ってきた。
もう「卒業」と宣告されるかと思いきや、
診察の最後に「またお会いしましょう」と
9月の診察予約を入れてもらった。
やはりまだ治癒の余地が残っているらしい。
6月の自転車事故のこともちらりと報告したが、
救急車で搬送された病院がここではない、という
ところであまり興味も無かった様子。
*
救急車で運ばれている最中はまさか、入院になるとは
思っていなかったので、行き先の病院の選択には
あまり固執しなかったが、救急隊員に「どこかに
かかっている病院がありますか」と聞かれ、
「Sxxxxxxxxxxxxです」と答えたら、
「あ〜、都内ですねぇ・・・」と。
さすがに横浜市内から都内の病院まで救急搬送を
するのは躊躇されましたが、あの時強く希望すれば
もしかしたらS病院に搬送してもらえたのかも。
まあ、後の祭りです。
ましてや付き添いの友人をも都内まで運ぶのは
大迷惑だし、見舞いに来る親も大変だし・・・。
唯一通院は楽だったかもしれない・・。
*
入院中、同室だったお隣の患者さんはどうやら
重要な病気の治療による副作用で口内炎がひどくなり、
口から食事がとれなくなって今の病室にいて、
胃から栄養を入れてもらっているようでした。
同じ階の他の病室の入院患者さんたちは明らかに
年齢層が高く、私などはどこが具合悪いの?と
言われかねないくらい健康に限りなく近く見えた
ことでしょう。
3泊4日だけの入院はちょっと物足りなかったけど、
その後実家で食事の面倒をみてもらえて養生できたので
なんとか1週間で社会復帰したのでした。
*
入院中は看護婦さんが一日に3,4回はベッドのところに
来てくれるし、朝食の後は廊下を数メートル歩けば
診察室で、耳鼻科と口腔外科の先生両方に診察して
もらえるし、さらに、主治医のO先生もベッドのところへ
午前中は回診しに来てくれるし、チヤホヤしてもらえて
なんだかちょっと女王様気分。
病気で長患いした人がわがままな性格になる理由が
わかるような気がした。
退院した直後、微熱が下がらないと電話でO先生に
連絡したところ、木曜日午後に診察をしてもらえた。
血液検査もしてもらい、異常は無いからもう少し
様子を見ましょうということになった。
Dr.「楽器をやっているという噂を聞いたのですが?」
(退院の朝、回診に来てくれた別の先生にコンサート前日に
入院してしまったので出演できずショックだった、という
ことをちらっとグチったのを先生同士で伝達していたらしい)
私「そうなんです。スティールパンという楽器をやっていて」
なんとO先生、スティールパンを知っていました。
トランペットを趣味でやっているそうで、去年のフォルジュルネで
スティールパンを聞いた、とのこと。
Dr.「いつか聴きに行きたいですねえ」
と、社交辞令だとしてもうれしかったので
私「夏には病院の2つ隣の駅前の砂浜でコンサート
やりますよ」と宣伝してしまった。
骨折や傷の痛みとともにメンタルな痛みにも対応しようと
してくれるその姿勢が医者としてさすがだな、と客観的に
感動したのでした。
それに「様子を見ましょう」と言ってやたらな薬を処方しない
スタンスも気に入りました。病院もきれいで明るいし。
駅から渡り廊下で直結している立地も重要ポイント。
実家でそれらの話をし、家族で誰かが入院するときは
このY病院にしよう!と意見が一致。
*
3食昼寝、治療着きの優雅な日々はあっという間に
終了してしまった。
咀嚼に障害がある状態の患者にも3食ごとに
やわらかくて栄養バランスの良い、ババロア状の
鯖の味噌煮などのメニューが入っていて感心。
*
3日目はさすがに洗髪をしたくなり、地下の美容院に予約を入れ、
サッパリした。傷と腫れのある顔で行ったので、
「交通事故に会った人なのかと思った」と
美容師さんに言われてしまった。
3日目は点滴用の注射針も抜いてもらえたので、さっそく
シャワーの予約も入れて恐る恐る洗ってみた。
3時頃には地下のベンディングマシーンでコーヒーを
買って飲むのも楽しみのひとつ。
梅雨のせいで外で雨がザーザー降っているらしいが、
入院中はまったく天気など関係ない。
*
抗生物質の副作用で下痢気味な状態がかれこれ
2週間ちょっとは続いたか。
ヨーグルトを食べて善玉菌を増やしていたので、
フェイドアウトした模様。
*
顎のリハビリ、つまりは口を大きく開ける練習。
口を開けるとはつまり、顎を下げるという動作だった
ということにあらためて気付く。
相変わらず朝、起きた直後のアクビが一番痛い。
それでもなんとかバナナを丸ごとかめるところまでは
痛みをともないつつ、がんばっている。
*
顎の上下動よりもやっかいなのが、咀嚼運動。
奥歯でのすりつぶし運動がうまく出来ないので
米粒がうまく噛めず、食べられない。仕方なく
粒のまま飲み込む。五分がゆが一番。
魚は大丈夫でも肉はダメ。鶏肉は煮込めばOK。
チーズもダメ。生野菜も噛めない。
缶詰食品は柔らかいので鯖缶とかはOK。
離乳食のレトルトカレーうどんも賞味してみたり。
ラタトゥイユの柔らか目を作ったところ、
ピーマンの皮が口に残ることに気付く。
トマトと同様、皮はむかないといけなかった・・・。
そろそろ五分がゆ卒業という頃、新聞広告に
やわらかめレトルト食品の宣伝が!
Q食品会社でもA食品会社でもいろいろ出しているよう。
今日の時点ではほぼ食事メニューの制約は
無くなったに等しい。とっても開放された気分。
硬いせんべいはまだ無理かも・・。
*
Y病院のO先生のほうが優しいかも、と思っていたけど
今日、S病院のT先生に2ヶ月振りに診てもらって、
辛さがちょっと効いてるステキな先生だなぁ、と
再確認したのでした。
優しすぎるのもダメなのかも・・・。

6月の悲劇(自転車事故1) [2009年07月04日(土)]

7月4日雲
それは6月20日夕方の出来事。
コンサートのリハーサルを終え、食事をしている皆に合流すべく
チャリで走行していたところ、車道から歩道へ段差の低いところを
狙って乗り上げた・・・ハズだったのですが、
角を曲がってこちらへ向ってきた車のせいであわてたのが
いけなかった。
段差を越えるにはタイヤと歩道の角度が甘すぎたのでした。
*
気付いたら歩道につっぷしており、顎のしたからポタポタと血が
したたり、左耳からも血が流れておりました。
「やってしまった!」
あっという間に7,8人の通行人が寄って来てくれ、
ティッシュを提供してくれる人、救急車を呼びにホテルのフロントへ
駆け込んでくれたお兄さん、(ホテルの前で転倒したのです)、
鏡で切れた顎の傷を見せてくれる人、ホテルマンが出てきて自転車を
預かってくれました。
ロビーの椅子で待ちつつ、食事中の友人に携帯で電話を入れたら
すっ飛んで来てくれました。
*
到着した救急車(初体験)に乗り込み、友人Aさんがつきそってくれ、
10分以内に病院到着。土曜日の夕方なので救急外来は混雑気味。
担架に乗ったまま病院内を移動していると、天井しか見えず、
自分がどこにいて、どこへ動いているのか明らかでない。
*
まずはレントゲン撮影。
傷と打撲のひどい左手は骨折を疑われて10枚ほど撮影。
その後、切れてる顎を含めた頭部を撮影。
(クーラーが効いていて結構寒い)
待たされること15分で頭部のMRI撮影。
*
再び最初に運び込まれたタイル壁の簡易手術室のようなところへ
戻った。寒かったのでトイレをがまんするのが限界。
看護婦さんに「すみません、トイレに行きたいのですが」
「まだドクターの許可が下りてないからここで採尿になりますよ」
「え!!それはちょっと・・・」
ドクターが届いたばかりの頭部レントゲンを見たらしく、遠くから
「車椅子で行ってください」
ということで担架から車椅子に乗換え、看護婦さんに押されて
トイレへ。部屋の外では付き添いで来てくれた友人4,5名が
ベンチシートに座って待っていてくれた。
「明日本番だし、先にかえってくださいね〜」と一応声をかける。
*
ここからが修羅場の始まりでした。
トイレから戻り、医者がようやく私の番に回ってきた。
寝ている私にレントゲン写真を数枚みせながら説明し、
耳鼻科にみてもらう必要があるから横浜市大病院へ転送して
見てもらいます、ということと、これから顎の縫合手術は
ここでやります、ということ。
麻酔を打つ前に「ちょっと痛いけど我慢してくださいね」と
言われ、一応覚悟したものの、その覚悟ではまったく足りない
くらい今まで経験した中で一番痛いものでした。
(今思い出してもぞっとする)
思わず手に力が入ってしまったら、誰かがその手首を抑え
つけてくれていた。予想通りの反応だったのだと思う。
*
その後は麻酔が効いてきたのを医者が私に確かめてから
糸を切る鋏の音と、針を通して縫う感覚が交互に続くこと
6回。つまり6針縫ったわけです。その間約15分。
*
外で待っていた友人に預かってもらったバッグを看護婦さんに
持ってきてもらい、担架の上で携帯から実家に電話して
事情を説明。これから転送される病院へ来てくれるよう頼む。
これで友人たちは安心して帰宅できるわけです。
ふたたび救急車を呼んでもらい、次なる病院まで移動すること
約20分。病院に到着したときは既に夜の9時。
おりしもインフル患者を発熱外来で受け付けているところ
だったので、またまた10分ほど待たされる。
*
耳からの出血があったので、まず耳鼻科に移動。
ここで担架とはお別れ。救急隊の方、ご苦労さまでした〜。
耳にスコープを入れて画像をみせてもらうと、血だらけでは
あるが、鼓膜も破れておらず傷も見えない。
そこへ、歯口腔外科の先生2名(最初はどの科の先生かわからず)
が到着し、レントゲンを3人でまじまじと観察。
どうやら顎関節の骨が折れているらしい。
*
地下のレントゲン室へ車椅子で運んでもらい、(口腔外科の
先生に押してもらった)歯医者で撮るような歯をぐるりと
撮影するレントゲンを撮影。歩いたり動いたりすると
耳から血が流れ出てくるので、そのたびに脱脂綿をもらって
耳につめこんだ。
*
母親が病院に到着し、入院の準備のバッグまで用意周到にかかえて
いた。「そんなことはあるはずが無い。考えず過ぎ」と
思っていた私は甘かった。
一通りの診察を終え、先生から「都合もあるでしょうけれど
部屋が空いていたら今夜から入院した方がいいのですが」と。
「え”〜〜、まさか、、そんなことって」と思いつつ
「まあ、明日は日曜日だしもともと月曜日は有休にしてあるし、
独身の身としては特に問題ないですが・・」
ということで、ちょっと差額の発生する2人部屋に入ることになり、
その場でさっそく点滴用の注射針を打たれ、チューブに繋がれた
1.5日がスタートしたのでした。
*
消灯が9時なので病室は暗く静まり返り、その中をすごすごと
車椅子で病室へ入り、簡単な説明を受け、必要書類にサインしたり
記入したり。
その間、携帯に電話が入ったり「明日のコンサート出られない」
という心配が頭をぎり・・。
口腔外科の先生の判断で今夜中にもうひとつMRI撮影をしておきましょう
ということになり、既に夜10時半を回った頃、地下で再び撮影。
部屋にもどると既に11時。母親は終電も無く、タクシーで帰宅と
あいなりました。
*
点滴の針をつけたまま熟睡など出来るわけも無く、
夜中には1時間ほど骨折した顎の関節部分がズキズキと痛み、
看護婦さんは何度か点滴バッグを取替えに来るし、
ほとんど眠れないまま6時の起床時間を迎えたのです。
朝食時間に私の食事の用意は間に合っておらず、
(昨夜遅くに入院したので)朝ご飯は150mlの缶入り
栄養ドリンクのみ。思えば昨日11時にブランチを食べたきり、
何もお腹に入っていないのでした。
*
8時半過ぎには看護婦さんに呼ばれて2つ隣の診察室へ。
5,6人のドクターが「おはようございます〜」と
待ち構えており、縫合した顎のガーゼをはがし、
左手甲のガーゼをはがし、(傷にくっついていて痛かった)
動かない顎の関節をちょっとむりやり開けさせられ
「あ、ここまで開きますね。」「痛いですけど・・」
噛みあわせのチェックや昨夜最初の病院から運んできた
レントゲンやらいろいろを見て判断された結果は、
「手術をしないで自然治癒で治しましょう」という
結果でした。昨夜は手術になったら入院は長引くから
今入っている部屋は3日後に明け渡す必要があるから、
病室を移動します、といわれていたのでちょっと安心。
*
腫れがひいたら顎のリハビリを開始しなさい、と
指導され、「あ〜また長くて忍耐のいるリハビリだ」と
思ったのでした。まだ肩のリハビリだって完全に終わっては
いないのですから。

この続きは次の日記に。

感染確率 [2009年05月06日(水)]

05月05日雨
こどもの日なのに予報どおり雨です。
新型インフルエンザの第1波が収束に向っているとか。
とりあえず良かったです。

日本では水際作戦が成功したと言えるのでしょうか。
ふと考えましたが、欧米では人と人の挨拶で
スキンシップが当たり前なので、ハグしたり握手したり、
キスしたり、感染する確率が高まるのではないでしょうか。

その点、日本人はお辞儀や笑顔で挨拶が終わるので、
スキンシップが無い分、人に感染する確率は低いかも、
なんてことを考えました。

以前からマンションのエレベーターはなるべく使わず、
足腰強化のために階段で4Fまでの往復をしていましたが、
このインフルエンザのせいでますますその必要性が
高まった気がします。高層階でなくて良かったです。

このGWは数年越しで実行したかった、家の大掃除を
決行できました。びっくり
ベッドの下などを掃除機とクイックルワイパーで
念入りに掃除したり、不要になったスキーウェアや
古着を45リットルゴミ袋2つ分も処分したり。

日曜日に大掃除ができたので、翌月曜日に普通ゴミ2袋、
次の火曜日に古着2袋をタイミング良く処分できて、
本当にすっきり!

この勢いで2009年中に家中の不用品をバシバシ処分して、
すっきり&より快適な居住空間を完成させたいものです。

いちご

不思議な感覚 [2009年04月27日(月)]

2009年4月27日太陽
年号から日付を記載しなければならないほど、
ブログの更新をしてなかったのです・・。
肩の不具合に起因するのと、単なるサボリと。

恐らくSL病院のT医師の予想通り、私の肩の具合は
少しずつ進捗してきていると思われます。
もちろん回復傾向とは思うのですが、蟻の1歩のような
変化なので、9月以降皆勤賞の自宅リハビリの効果は
なかなか実感し難いのです。

それでも2週間に1度くらいは前進傾向を実感するので、
なんとか続けているわけで。

フットサル仲間のS氏が、先日の練習日に「肩を怪我した」
との相談をしてきたので、すかさずSLのT医師の受診を
おすすめし、仲介した結果、迅速かつ的確に診察にこぎつけ
ました。紹介状はなくても紹介できた、ということです。

自分の肩の怪我のおかげで、新患の紹介と痛んでいる人の
治療、両方に役にたてたので、ちょっと嬉しいです。
S氏とT医師は両者とも現在の私にとって大切な人たちの
プライオリティーNO.1&2なので。
その両者が私の居ないSLの診察室で初顔合わせをしていると
思うと、何だかとても不思議な気分になります。
患者と医師とのありきたりな状況だとは想像するのですが、
どうにも落ち着かない心持になります。
なぜでしょう・・・。

両者とも誠実で礼儀正しい方々なので、即座に報告と
お礼のメールが届き、こちらもそれに迅速に返信をし、
とても気持ちの良い出来事になりました。
こういう方々とは末永くお付き合いしていきたいものです。

医者という職業は不健康な人が存在するからこそ
成立するもので、患者として受診を続け、健康を
取り戻したら、そこで医者は不要となるわけです。
健康に戻ることは万人にとって喜ばしいことではあるのですが、
医者としてはどういう心情でこの矛盾を解決しているので
しょうか。もちろん、健康を取り戻す為にいろいろ
手を尽くしてくれていることに疑いは無いのですが、
商売相手としての患者が増えないと見入りも増えない
ということに変わりは無く・・・。
こういうことを考え始めると堂々巡りになって
解決出来なくなります。

*

誕生日を迎えた友人と有休を利用して念願の
横須賀美術館へ足を運んだ。
久々に乗る列車、車窓からの海の景色、ローカルバス。
1時間ちょっとの移動で、こんな小旅行気分が味わえるのは
とっても嬉しいものです。
申し分のない快晴で、美術館はガラス張りで想像通りの
ステキな建物でした。
海を眺めながらの優雅なランチも格別!
谷内六郎氏の原画を常設展示している館は
子供の頃のいろいろな懐かしい情景を思い起こさせる
とてもほのぼのした子供目線の画があふれていて
思わずにんまりしてしまう癒し空間でした。
昭和の時代は捨てがたい良い時代だったなあ、と
つくづく思うわけです。

裏手の小道からちょっとした丘登りハイキングも。
新緑の茂る小道は涼しくて快適。
海沿いのボードウォークでは久々に磯の香りをいっぱい
吸い込み、自然の恩恵を欲張りに満喫した感じ。

復路は、久々の鎌倉に途中下車し、おいしいケーキにも
遭遇できた。
お土産はもちろん豊島屋のハトサブレー。
本店限定販売の「鳩三郎」という名前のストラップも
手に入れた〜。

たった一日だけど、いろんな意味で48時間相当の中味の
濃い楽しい一日でした。
久々に思いっきり遊んだ感。帽子

2008年最後のグルメな日々 [2008年12月30日(火)]

2008年12月30日太陽
*12月の報告*
12月6日
「中華街ツアー」で忘年会
もちろん中華街で、盛大に20名ほど集まりました。
今回はゲストを1名お連れしました。
カモの舌なども食し、どれもおいしかった。

12月13日
実家でお誕生日食事会
バッティングしていたフットサルサッカー忘年会は欠席。

12月18日
世界クラブチャンピオン準決勝など。
日産スタジアムで。こんなに暖かい中で観戦したのは
初めて。まったく寒くなかったので生ビールジョッキ
おいしく飲みました。
持参したラム酒入り紅茶もgoodでした。

12月19日
会社関係の友人3人で忘年会@新橋。
オヤジ系の中華屋さんでとてもおいしかった。
小奇麗で高くてまずいより、こっちがいいね。

12月20日
イタリア語仲間と恵比寿のビストロで忘年会。
少しリッチにおいしい赤ワイングラスとおいしい料理食事。
気心知れた同世代の集まりはいつも楽しい。
新年会も楽しみ!

12月21日
同じく通称トヨタカップの決勝戦。
この日も暖かくて助かりました〜。
やはり世界のレベルはまだまだ上なのです。
でもガンバもがんばったよね。攻めのサッカーは
見ていて楽しいです。
皆に作ったおにぎりもおいしかった(自画自賛!)
自家製小松菜のナムルはちょっと辛すぎた。

12月23日
朝はリハビリ。
祝日だったせいか、いつもより長めに時間を取って
いただいたようです。
この日のリハビリは効果大でした。
この日からは右肩が断然軽く感じられました。
広背筋をほぐし、鍛えることがどうやら重要であると
ようやく納得したのでした。
右腕が上がらないのは肩を鍛えるのではないらしい。
でも腱板は損傷しているような感じは否めない。
12月8日に辛いカレーを食べて以来、食道と胃が不調なので、
実は処方されていた消炎剤を飲んでおらず。
12時半からは綱島でパンクラスのミーティング。
なんとか2009年の展望が明らかになりました。

12月24日
実家でクリスマスディナー。
ゴミ捨てやらいろいろあるので夜に自宅へ戻る。

12月26日
ライブハウスKxxxxeで仕事納め後のお楽しみ。
師匠出演していて、JacoPas.の曲をアンコールで
披露してれました。これがちょっと計算違いの展開で
実に楽しめました。

12月28日
いつものxxカフェというイタリアン庶民派の店で
いつもの仲間とプチ忘年会。
初めて隠れメニューの「イタリアン鍋」をいただきました。
カニやらほたてやらたこやら、魚介がたんまり入って
とってもおいしかった〜。ピザもおいしくいただき、
腹具合もちょうど良かったです。
寒い季節のうちにもう一度食べたいです。


12月29日
スティルパン仲間の新婚家庭にて総勢9名で
乾杯パーティ。
魚介類や鶏肉団子がつぎつぎ入ってとてもおいしかった!



31日のカウントダウンライブはパスすることにした。
元旦はFマリノスが残らなかったし、今年も天皇杯は
行かない。
ゆるゆると実家で寝正月?!with猫

こうして何の予定も無く、自宅家でヌクヌクと好きな事を
やっていられる一日ってとても優雅で良いです。
布団干したり、シーツ洗ったり、おやつ食べたり、
なんだか快適。

2009年は通院から卒業できるでしょうか・・・。
1月6日のリハビリと13日の通院でどう判断が下るか、です。




プラスマイナスゼロ [2008年12月08日(月)]

2008年12月7日(日)
今年ももうすぐ終わりです。
そして、その前に年が一つ増えます。
人間ドックも無事済ませました。
右肩不具合のため、レントゲン撮影、胃のバリウム検査、
超音波検査ではちょっと不都合がありました。
最後の問診までは既に8割方の検査結果が出ており、
PCの画面に映し出されたレントゲン写真などを見ながら、
日本医科大卒のKaxxx先生がとてもわかりやすく、
安心出来る様に説明してくれました。
右肩の主治医も同じ大学出身。奇遇です。
私を救ってくれる方々は同志なのですね。

飲むバリウムの量は10年前に比べるとだいぶ少ない量で
済んでいるのは技術の進歩でしょうか。
採血量も去年より少なくて済みました。
いつもどおり、いただいた下剤は飲まず、コンビニで
買った冷たい牛乳500mlを一気に飲み干し、
すっきりです。
24時間ぶりの食事をおいしくいただき、久しぶりの
街中を優雅に散策し、リハビリ用のソフトバレーボールも
購入できました。
今やリハビリメニューが増え、風呂上りに毎晩こなしていると、
軽く30分はかかります。

12月2日は今年最後の整形外科受診でした。
用意した質問事項8項目について、予告どおりT先生に
質問、回答していたらゆうに20分かかりました。
途中2回ほど、「時間かかり過ぎですよ〜」の合図のように
看護婦さんが出入りしたり、ドアをノックしたり・・。
でもT先生はそれらを無視して最後まで付き合って
くれました。大変ありがたいことです。
最後に処方箋を貰い、クリスマスカードをお渡しし、
診察室を出てくると、ドアの前で2名の患者さんが
待ちくたびれた様子で座っており、ちょっと申し訳なかった
です。T先生が後から看護婦さんに怒られてなければ
いいのですが・・・。
それにしても完治までに1年かかる、と言われたのはちょっと
がっかりです。2月までリハビリ期間が延びてしまったし。
次回は2009年1月13日。

30分後には予定通り上階でリハビリを受け、そちらでも
M先生にクリスマスカードをお渡しして退散。
次回のリハビリ予約日まで間が空き過ぎたことに気付き、
T先生の指示に反してしまったので、翌日予約取り直しを
したのでした。

そんなこんなの後、この日は以前から下調べしていた
築地の場外市場のお寿司屋さんでお昼を食べるべく、
てくてくと歩いて築地デビュー。
午後から出勤でなければ、市場には買いたい品物が
たくさんあったのですが、小袋入りかつおだしだけ買って
カバンへ押し込みました。

めざしていた店とは違うけど、カウンター席がほぼ外に
あるお店で、お刺身定食をいただきました。
寒くてコートも脱がずに食べたけれど、魚介のだしが
効いたお味噌汁もおいしかったし、何より新鮮なお刺身の
甘みを久々に味わい、大満足!これで\1,000以下だなんて
本当に素敵です。
次回から通院のたびに通ってしまうでしょう。
(午前休を取っている関係上、もちろん職場には
内緒です)
憂鬱な事がある日には楽しいことを抱き合わせにして
その日のうちに+-0以上にするのが私のやり方。

人間ドック+栗の和菓子=0
通院+築地のお寿司(お刺身)=+2

それはそうと、
2009年のパン活動はいったいどうしたら
良いのでしょう・・・。


腱板損傷 [2008年11月16日(日)]

11月16日(日)雨
奇しくもNHKの健康番組がちょうど2回にわたり、
肩こりと肩の痛みについての特集だった。
それを見てようやく、右肩に打った注射注射の正体が
はっきりした。
本来は打つ前に確認するべきだったと反省。
「トリガーポイント注射」というそうです。
2種の薬品を注射器に入れていたうち、
@麻酔薬
Aヒアルロン酸
B?
ということになる。
痛みで萎縮している筋肉を和らげ、硬直状態から
開放するのが目的だったと思われる。
こういうことも本当は先に知っておくべきだった。
何をいつDr。に質問するべきかがわからず、
あれよあれよと治療は進むのでした。

そして気が付くと次回の診療は1ヶ月も先!
私は1ヶ月間自分のリハビリだけで過ごすことに
なるわけです。本当にこれで良いのでしょうか?

疑問1:私の右肩の傷病名は 
 右肩腱板損傷&右肩関節周囲炎(四十肩)で合っているのか?
疑問2:四十肩の症状はもう消えていると理解していいのか?
疑問3:いったいいつ四十肩が解消されたのか?
疑問4:リハビリの筋トレはこのテンポより強化しても
   治りを早めることにはならないのか?
疑問5:手術の可能性はいつまでゼロにならないのか?

前回「いつ頃治るんでしょうか?」と聞いたら
「年内はリハビリですね」としか答えてもらえなかった・・・。
つまり年内リハビリを続けた結果、肩の状態が今より
改善されていれば手術は不要になるかも、ということなので
しょうか・・・。

本来、この程度の症状だと恐らくとっくに町医者へ
送り返されるところだと思うのですが(SL病院で最初に渡された
パンフレットにそのことが案内されていたので)
勤務地から至近距離のところでリハビリを続けたい、という
私の当初の希望を汲んでくれて、ぎりぎり追い出されずに
面倒をみてもらっているような気もする。
その理由のひとつとして、手術の可能性があるから、という
ことになっているのだとも思う。違うかなぁ。

1週間弱の入院だとしても、私にとっては生まれて初めての
恐怖な出来事なのです。病気ではなく怪我での入院なのは
不幸中の幸いではあるのですが。
通販のカタログを見ていても、「入院したらこのパジャマに
しようかな」などとついつい考えてしまう。

何より気がかりなのは、2月に予定されているビッグバンド
とのスティールパン競演に出られるかどうか。
11月開催予定を延期までしてくれており、(私の件が原因かどうかは
確認していないのですが)2度も裏切るのはあまりに申し訳ない
と思っているのです。
せっかく学生時代の懐かしい仲間と再会し、セッティングしてくれた
すばらしいステージなので自分もなかなか諦めがつかず。

本番までにはTNを入手し、それで参加するつもりでいたのに、
オーダーしているTNがこれまたなかなか到着せず。
円高をいいことに、早々に支払い用のドル現金まで用意して
待っているというのに・・・。
もしや私よりも優先してTNを渡したい誰かがいるのでしょうか?

最悪の場合は手術をステージが終わった後にしてもらい、
ステージではTNで演奏すれば、右肩の不具合があっても
なんとか演奏できると思っているのですが、DSでの演奏と
なるとまず第一に楽器運搬が肩に相当の負担をかけるのと、
演奏も右側はかなり痛みが出るポジションがあるので、
どうにも実現不可と思われるのです。

早くTNが手にはいらないかなぁ・・・。

勤務中は午後になると毎日右肩がだるくなるので、
なぜかと思っていたところ、どうやら机の高さと自分の
座高、椅子の高さと足の長さが適切でないことが原因と
確信しました。
例のNHKの特集でもそれを指摘していましたし。

机の高さは変えられないので、まず椅子の高さを上げ、
肘の90度の位置が机の上にちょうど載るようにし、足元には
不要になった時刻表を置き、その上に足を乗せて安定
するポジションを確保してみました。
これでもディスプレーとの位置関係に若干問題が残るのですが、
仕方がありません。

先週末は思いがけず、同僚の仕事上のミスを発見してしまい、
あまりのポカミスであることと、事前の相談がなかったこと、
さらには最初のミスのために次の不具合が発生しており、
それまでも独自の判断で思わぬ対処をしていることで
通常とはかけ離れた処理にしてしまっていることに愕然と
したのでした。新人でもあるまいし、何でこんな初歩的な
不手際をするのでしょう・・・。?!?!
これがもう3度目。
とうとう来週、部長に報告と提案をすることにしました。

金曜日は友人からの突然の誘いにより、上野の某F展を見てきた。
美術館で(ゆっくり)鑑賞するのは久し振りだったし、
帰りはおいしい生牡蠣と白ワイングラスも楽しめたし、
誘ってもらえて良かったな〜と思うのでした。

スティールパン活動を休止して早3ヶ月。
既に遠い世界になってしまっています。
休止していても週末が手持ち無沙汰になることもなく、
むしろちょうど良く自宅でまったり過ごす時間もあり、
家事や料理もゆっくり楽しめ、友人からの誘いにも
応じて出かけられ、身体的にゆとりのある、文化的で
優雅な日々を過ごすことが出来ている。

もうたぶん、以前のようなクレージーなパン活動は
出来ないし、しないと想像している。
他にもいろいろ大事にしなくてはいけないことが
たくさんあるのです。


整形外科体験記 [2008年10月23日(木)]

10月23日雨
某SPIセンターで「大病院で手術かも」と
脅かされ、紹介状を持ってSR病院を尋ねたのは
10月10日の金曜日。
秋だというのに半袖で汗ばむ気候。

担当医は若くてはつらつとした先生。
HPで見たときは、「自分と相性合わないかも」と
心配していたのですが、実際に診察を受けたら
これまでの整形外科医の中では一番好印象チューリップ

一日60人もの患者を診察している中、割り込みで受診
させていただいたにもかかわらず、じっくり質問に
答えていただけた。

腱板損傷よりも四十肩の痛みが強いので、先に四十肩を
治してから、腱板の手術をするかどうか検討しないと
いけないとのこと。とりあえず近日中には手術+入院は
無いということで、ちょっとだけ安心。

やはり肩注射は避けられず。
これが針がずぶ〜っと入るので結構抵抗あり。
その後20分くらいはじっとり右手に汗が出るし、
なんだかかなりクラクラするし、とても不快。

次回の予約は2週間後の火曜日。
口頭で説明した症状を記録するのも、PC,
次回の予約を入れるのもPC,会計するのも
カードで自動清算機、とまあ、すべてが
システマティックなのです。
なんとほぼ時間通りに診察を受けたので待ち時間は
ほとんどゼロ。

処方された鎮痛消炎剤+胃薬を薬局で購入し、
抵抗を感じつつも1日3回真面目に服用したら、
意外と効果あり。

10月21日(火)、2回目の診察。
09時30分ぎりぎりになり、お手洗いに寄ったので
ちょっと遅れたけれど、すぐに診察の順番は回ってきた。

前回預けたMRIの院内検証結果により、やはりまずは
四十肩(肩関節周囲炎)の治療が先決となった。
ふたたびあの注射を受け、5Fのリハビリセンターへ
行ってさっそくリハビリ開始。
今回もリハビリの順番を待つ10分ほど、注射のせいで
右腕はしびれるし、なんだか気分が悪くなり、
あやうく横に寝てしまいたいくらいのところを、
なんとか堪えていたら、30分でなんとか治まった。

そこでリハビリの順番を呼ばれ、部屋へ入ると
まあそこは平均年齢70歳?!の世界!!
わたしの症状など、まだまだ年季が足りません〜。
30分ほどベッドの上に仰向けの姿勢でリハビリを受け、
やはり、PCで次回の予約。

さっき、整形外科で次回の予約を取り忘れました、と
伝えたら、「いや、ちゃんと予約入ってますよ。」と
整体師の先生が教えてくれた。
整形のT先生、いつもおっちょこちょいで何かを忘れる
(前回は処方箋を忘れかけた!)けど、今回も後から気がついて
PCにちゃんと入れてくれたらしい。

西洋医学の人工的薬品を体に入れることには抵抗が
あるものの、今回はとりあえずT先生を信じて、
西洋医学による治療の道を守ろうと思う。
本来の自分なら四十肩の対処は絶対東洋医学を選ぶ
ところですが・・。

T先生宛に、次回の予約を確認できたことと、
注射の後の不快感を伝えたところ、
翌朝07:46に返信メールが届き、
注射の種類と致し方ない不快感について
コメントしていた。なんと豆なお医者さんですこと。

つかみきれないキャラの持ち主のように見えるけれど、
なんだかおもしろそうでもあり、興味しんしん。
次回も注射があると思うとぞぞっとするけれど、
治すためには仕方がありません。
T先生、よろしく!

9月の悲劇 [2008年10月04日(土)]

10月4日(日)
月1回の更新とはお粗末です。

実は8月2日のフットサル合宿で転倒・強打した
右肩の症状が悪化してます。
8月16日には肩こりと診断され、
8月下旬にはスポ医科で腱板損傷と診断され、
MRIにもちゃんと写ってました。
それから1ヶ月経過し、さらに悪化している気が
したので、長い11連休夏休みの翌週水曜日
スポ医科へ出向いたところ、
「手術しましょうかね」と言われました。
そろそろ回復に向っているのかと思いきや、
まったく正反対でした。
つまり自然治癒力では期待が出来ないということ
になったらしいです。
あまりのショックに3日間立ち直れず。

紹介状を持って、専門医のいる大病院へ出向くため、
連日PCで整形外科検索三昧。
スポーツ系の肩専門外科医が充実しているF病院は
場所が千葉県でちょっと遠いが、かなり信用できる。

リハビリに半年通うことを考え、S病院もまあまあ。
ただし、入院が個室になるので差額ベッド代が
1日3万円x8日間=24万円の自己負担。
手術費用自己負担(保険適用)概算が30円万自己負担。
合計50万円以上の出費!!
冬のボーナスが消えて行きます〜〜。
スポーツ傷害保険に入っているものの、1日4000しか
支給されない・・・。

今時は鏡視下手術が9割以上のようで、傷口も入院日数も
痛みもかなり少ないらしい。それにしても生まれてこの方
入院も手術も経験が無いし、本当に覚悟が必要・・・。
怪我したときはこんなことになるとはまったく思っておらず、
1ヶ月くらいで忘れる出来事になるくらいに思ってました。

なんと言ってもスティールパンを半年も弾けないことが
あまりにショック。
ふたたびA氏およびそのバンドに多大なご迷惑をかけて
しまったのも悔やまれます。
自分がとても楽しみにしていた出演を断念することになり、
残念という言葉では足りないくらいです。
果たして再びチャンスは巡ってくるのでしょうか・・。

もちろん職場にも迷惑をかけることになり、
上司がさっそく派遣職員手配を許可してくれたのも
ありがたいやら、申し訳ないやら。

こうなったら早く手術を終わらせて
さっさと過去の出来事にしてしまいたいです〜。


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